元暴走総長! 落語家・瀧川鯉斗の出身校や学歴をまとめた!

偏差値や卒アル画像、在学中のエピソードも徹底調査!

家族の誰かが落語家だったとか、家柄とか、後ろ盾があったとか…そういうものが一切なかったけれど、18歳の時に師匠に弟子入り、2019年5月には三遊亭圓丈以来41年ぶりの真打に昇進したイケメン落語家の瀧川鯉斗さん。

サッカーで県選抜メンバー、名古屋グランパスユースのレギュラー、元暴走族だったことがある彼が一体どんな学校に通い、どんな学生生活を送っていたのか?出身校や学歴、同級生は一体誰だったのかなどをまとめてみました!

瀧川鯉斗の小学校は、1校目は札幌市立澄川西小学校入学

入学:1990年4月/転校:1992年3月

●学校名札幌市立澄川西小学校
●所在地〒005-0002
●北海道札幌市南区澄川2-5-7
●最寄り駅自衛隊前駅(地下鉄南北線)
●公式HPhttp://www.sumikawanishi-e.sapporo-c.ed.jp/

瀧川鯉斗さんは、本名・小口直也、ごく普通のサラリーマンの家庭に次男として誕生しました。生まれてからしばらくの間は東京で暮らしていましたが、父親の転勤の影響で5歳の時に北海道の札幌市澄川に住むことになりました。

同校であることのエビデンス

父親の仕事の都合で、五歳の時に北海道の札幌市澄川に住むことになったのですが、当時の僕は東京の友達と離れる寂しさよりも、生まれて初めて乗れる大型船フェリーにワクワクしてました。

 
僕の家の隣には自衛隊の基地がありまして、冬になるとそこを解放して開催される雪祭りが何よりの楽しみでした。特に楽しみだったのが、映画館が設置されていたり、屋台がズラーっと並んでいる中、肉まんやあんまんを売っている屋台にチョコレートマンという、肉まんの具がチョコレートになっているものがあり、それを食べることでした(笑)。

子供の頃から不安がるタイプというよりは好奇心旺盛な性格だったようです。

2019年8月19日に公開された『HOUYHNHNM』のインタビュー記事(↑の通り)によると、瀧川鯉斗さんが通っていた小学校は、

・北海道の札幌市澄川
・家の隣には自衛隊の基地

があることが分かっています。ここから地図を見て推測すると、

・札幌市立澄川西小学校
・札幌市立澄川小学校

のいづれかであることが分かりました。家の隣には自衛隊の基地があることから、近いのは札幌市立澄川西小学校!

結果、瀧川鯉斗さんが通っていた小学校は、札幌市立澄川西小学校であることが判明しました。

瀧川鯉斗の札幌・小学校時代のエピソード、夏は野球&冬はサッカーをするスポーツ少年だった

瀧川鯉斗さんは札幌の小学生時代、夏は野球、冬はサッカーをするスポーツ少年でした。スポーツは全般的に大変万能だったそうで、学校以外では、リトルリーグやクラブチームに入り活動していたんだそうです。

サッカーでのポジションはゴールキーパー。選んだ理由は、一人だけユニフォームが違うからだったから。

瀧川鯉斗さんは見た目からして運動神経が良さそうな感じですよね。背も高いし顔もイケメンなので、小学生時代から結構モテていたのではないでしょうか…!?

瀧川鯉斗の出身小学校は、2校目は名古屋市立八事東小学校

入学:1992年4月/卒業:1996年3月

●学校名名古屋市立八事東小学校
●所在地〒468-0063
●愛知県名古屋市天白区音聞山1801
●最寄り駅塩釜口駅(地下鉄鶴舞線)
●公式HPhttps://www.nagoya-c.ed.jp/school/yagoto-e-e/

瀧川鯉斗さんはお父さんの仕事の関係で小学校3年生の時に愛知県名古屋に転校しました。

同校であることのエビデンス

↑の画像の通り、生活情報誌『中広』の記事の中で瀧川鯉斗さんは、名古屋市立八事東小学校に通っていたことをお話ししていました。

東京で生まれ、札幌に引っ越し、そして今度は名古屋に移った。お父様のお仕事はかなり転勤が多いものだったようですね。

瀧川鯉斗さんに社交性が身についたのは数々の転校を経験したからなのかもしれません。

ということで、瀧川鯉斗さんが名古屋市立八事東小学校に通っていたことは間違いないでしょう。

瀧川鯉斗の名古屋・小学生時代のエピソード、小5でピアスをつけていた!?

瀧川鯉斗さんは4人兄弟の次男、兄、姉、瀧川鯉斗さん、弟というメンバーの中で育ちました。全員かなりやんちゃだったのかと予想しましたが、4人兄弟の中でやんちゃだったのは瀧川鯉斗さんだけだったんだそうです。意外ですね!

兄弟の中でぐれてしまったのは瀧川鯉斗さんだけ(笑)しかもぐれたのは小学校5年生からだというので驚きました。

クラスメイトが教室でテストを受けていた時、何を思い立ったのか!?瀧川鯉斗さんはクラスを抜け出し、一人で画びょうを使い耳にピアスの穴を開けてしまったそうです。

そういうことが思いついただけでも凄いというか!?やんちゃな上に頭も良かったのではないでしょうか…!!

瀧川鯉斗の出身中学校は、名古屋市立御幸山中学校

入学:1996年4月/卒業:1999年3月

●学校名名古屋市立御幸山中学校
●偏差値 -
●入試難度 -
●所在地〒468-0075
●愛知県名古屋市天白区御幸山1001
●最寄り駅塩釜口駅(鶴舞線)
●公式HPhttps://www.nagoya-c.ed.jp/school/miyukiyama-j/

名古屋に移ってからはお父さんの転勤がなくなったようで、瀧川鯉斗さんはそのまま愛知県名古屋の中学校に入学しました。

瀧川鯉斗の中学時代のエピソード①、サッカー部で愛知県代表だった!!

瀧川鯉斗さんが入部したサッカー部はまだ出来たばかりのほやほやチームでした。それが故に余計に『自分たちで新しいチームを作り上げるだ!』と気合が入っていたようです。

コースギリギリに蹴る練習、限界を超えるトレーニングを取り入れ、日々相当な努力をしていました。

とにかくサッカーにのめり込んだ瀧川鯉斗さん、その話がプロの耳にも届いたのか?名古屋グランパスでGKだった伊藤裕二さんが練習を見にきてくれたこともありました。

毎日頑張って練習した甲斐があり、瀧川鯉斗さんは愛知県代表に選ばれ、名古屋グランパスユースのレギュラーにもなりました。推薦で強豪校に入り将来はプロに…そんな目標が目の前に、あともう少しで手にできるところまできていたのです。

瀧川鯉斗の中学時代のエピソード②、13歳の時から金髪で暴走族

瀧川鯉斗さんは13歳の時から頭を金髪に染めて、暴走族をしていました。その時の画像が↑の通りです。身長も高かったからか、かなり貫禄がありますし、なんだかボスみたいな雰囲気ですよね。。もしかしたらトップだったのかもしれませんね。

なぜ瀧川鯉斗さんが暴走族になったのかというと、バイクが好きだったから。ぐれたかったわけではなかったようです。

ただバイクを走らせ風をきって友達と楽しく過ごしたかった…そんな風に思っていたのではないかと思います。軽い気持ちだったのではないでしょうか…。

↑の画像でも着ている暴走族の特攻服は、瀧川鯉斗さんのお母さんが綺麗に洗って畳んでくれていたんだそうです。

やんちゃではあったものの、家族を困らせたり、警察沙汰になるようなことはあまりなかったのではないかと思います。

中学3年の時、サッカーのプロを目指していた瀧川鯉斗にとって初の挫折、高校の推薦は取り消しになっていた

瀧川鯉斗さんは学校にいる時はサッカーを、夜になると大好きなバイクに乗って暴走族をする、という二足の草鞋を履いて楽しんでいました。中学では、サッカー部で唯一名古屋グランパスユースのレギュラーであり県選抜メンバー、未来は明るいと信じていたと思います。

そんな瀧川鯉斗さんに試練が訪れたのは中学3年生の時のことでした。サッカーの強豪校に推薦してもらえると期待していましたが、暴走族だったことが原因で推薦が白紙になってしまったのです。

その時すぐに暴走族を辞めていればまだ推薦してもらえる可能性はあったかもしれません。でも瀧川鯉斗さんは暴走族を辞めることができませんでした。

瀧川鯉斗の出身高校は、不明

1999年4月に高校へ入学し、1999年4月に中退

中学2年生までは学校の誰よりも輝いて才能を発揮していた瀧川鯉斗さん。しかし暴走族だったことがきっかけで、人生は狂い始めてしまいました。

サッカー強豪高校への推薦が確保できず、大ピンチになってしまいます。

推薦がもらえず、高校へは受験で入らなければならなくなった瀧川鯉斗さん。サッカーとバイクばかりに気を取られていたのか?ほとんど勉強をしていなかったようで、入れる高校は次の3つだけだったのではないかといわれているのです。

●享栄高等学校(偏差値 39)
●愛知県立守山高等学校(偏差値 40)
●愛知県立日進高等学校(偏差値 38)

失礼ながら、どこも偏差値38前後…相当偏差値が低い高校しかラインナップされていませんでした。

母が高校だけは行って欲しいと懇願!瀧川鯉斗が通った高校は元プロ野球選手が多い○○だと予想!!

あまりに偏差値が低かったから瀧川鯉斗さんは高校名を伏せておきたいのか?なぜか通っていた高校については明らかにされていません。

しかし上がっている候補3つの学校を調べてみると、たった一つだけ、やたらとプロ野球選手を多数輩出している学校がありました。

それは『享栄高等学校』です。

↑の画像はみんなの高校情報からのデータなのですが、出身有名人は33人、畑中清詞(元プロボクサー)を除くと32人が元プロ野球選手なのです。

瀧川鯉斗さんは野球もやっていたことがあります。なので、きっとこの3つの候補が上がったならば、享栄高等学校を選んだのではないでしょうか。

瀧川鯉斗さんのお母さんは『お願いだから高校までは行って欲しい』と泣く泣く説得に当たられたようなので、お母さんを安心させるためにも、享栄高等学校を選んだと予想しています。

瀧川鯉斗の高校時代のエピソード、たった1日で退学になっていた!!

現在は落語家として大活躍している瀧川鯉斗さん。2019年には三遊亭圓丈以来41年ぶりの真打に昇進するという快挙を成し遂げました。

しかし、高校に入学した当時はどうだったのかというと、↑の画像の通り、めちゃくちゃヤンキーだったのです。

中学時代から悪で有名だった瀧川鯉斗さんは先輩から入学前に目を付けられていました。入学式当日に呼び出されそのまま先輩50人VS瀧川鯉斗で喧嘩が勃発!!

まるで漫画か映画のワンシーンのような状況が起き、結果…ボコボコにされてしまったんだとか。

喧嘩の後、タバコを吸っているところを先生に見つかり、結局、高校は入学初日に退学になってしまいました。

高校卒業後は工場や建設現場で働きながら暴走族を継続していた

高校をたった1日で退学になった瀧川鯉斗さんは、工場や建設現場で働き始めました。手にしたお金で買ったのは大好きなバイク。当時はKawasaki『ゼファー』、HONDA『CBスーパーフォア』、YAMAHA『XJR』などを購入しては暴走族を満喫していたそうです。

警察の車の前を走る『ケツモチ』担当から徐々にのし上がり、結局、瀧川鯉斗さんはたった15歳で『天白スペクター』の12代目総長になりました。

なんだかんだいっていつもトップに上り詰めてしまう瀧川鯉斗さん。カリスマ性があるのかもしれませんね。

瀧川鯉斗は18歳で暴走族を卒業、2002年に上京し落語家になる

赤レンガレストランで運命の出会い

一時は総長にまで上り詰めた瀧川鯉斗さんでしたが、18歳で暴走族を引退。その後は、東京に渡り、新宿の『赤レンガ』というレストランでコックとして働き始めました。

この赤レンガはとても大きなレストランで、最大200人が収容可能。ステージがあったりピアノがあったり、毎日プロのミュージシャンがここで芸を披露していたそうです。

瀧川鯉斗さんが赤レンガで働いていた時、後に瀧川鯉斗さんの師匠となる瀧川鯉昇さんの落語独演会が開催されました。一瞬で師匠の落語に魅せられた瀧川鯉斗さんは、打ち上げの席で弟子になりたいと直訴します。

暴走族上がりでまだ18歳だった瀧川鯉斗さん、瀧川鯉昇さんも麺を食らったことと思います。『弟子は無理だよ』と断られても仕方がなかった状況だと思います。

しかし瀧川鯉昇さんは瀧川鯉斗さんを弟子にしてしまいました!!

師匠からの最初のアドレス『都内に寄席と言う所がある。寄席を見てこい。』

弟子になった瀧川鯉斗さんに師匠がいった最初のアドバイスは『都内に寄席と言う所がある。寄席を見てこい。』という言葉でした。それから半年間、瀧川鯉斗さんは時間があればすぐに寄席に…新宿広末亭に向かいました。

半年後、師匠が赤レンガの落語会に来た時に、「寄席を見てきました」と伝えると「あそこが仕事場で良いのか?」と言われました。

僕は二つ返事で「はい」と言うと、師匠は「明日からうちに来なさい」と落語界の扉を開いてくださいました。こんな僕を落語界に入れてくれた、恩師・瀧川鯉昇に感謝してやみません。

粋な師匠がいるものですね。素敵過ぎる出会いです。

瀧川鯉斗という名前が決まるまでの経緯が面白い!

僕が稽古場にいると、師匠が紙を持って入ってきた。「お前の名前、決まった。2つあるけど、どっちがいい?」と。紙には“鯉鯉”と“斗茂”とあったんで、師匠は鯉がつきますから、“こいこい”がいいかなと思って、「こっちで」と指さすと、「お、“こいも”か!」と嬉しそうなんです。「え? 師匠、“こいも”って何ですか?」、「え、日本語知らない? 日本語は縦読みです」。2つの候補は“鯉斗(こいと)”と“鯉茂(こいも)”で、僕は横に読んでいたんですね。それで「すいません、鯉斗でお願いします」と。師匠は鯉茂を気に入っていたんですが、ずーっとなり手がいなかったので残念そうでしたね。

鯉茂も本当に素敵な名前ですが、やっぱり瀧川鯉斗の方が似合っている気がします!こっちで良かった!

弟子が間違えても怒ることなく、正しいことを説明してくれる。落語家は器が大きいイメージがありますが、瀧川鯉斗さんもきっとそんな方なんだろうなと想像してしまいました。

18歳で弟子になった瀧川鯉斗さんは、それからずっと落語家一本で頑張っていらっしゃいます。修行は一度もキツイと思ったことはないんだそう。殴られることはないので…(笑)なんて言っているそうです。

まとめ

中学までは学校のスターとしてサッカーのプロを目指し順風満帆だった瀧川鯉斗さん。暴走族だったことが全ての仇となり人生が崩れ始めたかと思いましたが…。

新宿の赤レンガレストランで瀧川鯉斗さんと出会い、新たな運命を開花させて行きました。

人は15歳で一度全てを失ったとしても這い上がれる!そんなメッセージを受け取ったような気がします。

これから瀧川鯉斗さんがどんな落語を披露して行くのか、是非寄席で生で聞きたいです。

芸能人・有名人の出身校&学歴

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