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俳優・菅田将暉の出身校や学歴まとめ!

偏差値や卒アル画像に在学時のエピソードも調べた!!

数々の演技賞を受賞し2017年には日本アカデミー賞最優秀主演男優賞にも輝いた、日本を代表する若手俳優である菅田将暉さん。その高い演技力から「カメレオン俳優」と称され、映画にドラマ、CMなど多方面で引っ張りだこです。また演技だけでなく歌唱力も高く、2019年には「まちがいさがし」でNHK紅白歌合戦にも出場しています。
そんな多才な菅田将暉さんは、やはり秀才で高学歴との噂!さらに学生時代は「王子」と呼ばれモテモテだったとか!?気になる菅田将暉さんの学生時代を調査してみました!!

菅田将暉の出身小学校は、箕面市立西小学校

入学:1999年4月/卒業:2005年3月

菅田将暉さんは1999年4月に箕面市立西小学校に入学し、2005年3月に卒業しています。
箕面市立西小学校は、大阪府箕面市にある公立小学校で、箕面温泉や明治の森箕面国定公園・箕面滝なども校区に含まれています。
また、大阪府内だけでなく全国の都市を対象とした「住みよさランキング」でも、上位常連の人気を誇っています。治安も良く自然も豊かで、大物芸人が居を構えるなど、豪邸が立ち並ぶ高級住宅街もあります。
菅田将暉さんの父親もコンサルティング会社を経営する敏腕社長ですので、裕福な家庭で育ったようですね!

菅田将暉さんが同校の卒業生であることは、同校出身者のつぶやきなどから確実視されています。

箕面市立西小学校時代の偏差値

箕面市立西小学校は入試のない公立小学校のため、偏差値はわかりません。
菅田将暉さんは自ら望んで英会話やピアノ、水泳、ストリートダンス、習字なども習っていたそうです。習い事が多すぎて遊ぶ暇がないことが嫌になることもあったようですが、それでもこれだけたくさんの習い事をさせてあげるということに、ご両親の教育熱心さが伝わってきます。そんなご両親の期待通り、菅田将暉さんは勉強もとても出来たそう。
父親である菅生新さんも関西最難関私立大学である同志社大学法学部を卒業しています。頭の良さはお父様譲りな面もあるかもしれませんね!!

菅田将暉の箕面市立西小学校時代のエピソード

菅田将暉さんの本名は”菅生大将”(すごうたいしょう)さんです。本名の方が芸名のような、珍しいお名前ですね。菅生家は3兄弟で、菅田将暉さんは長男、4つ下の次男、さらにその3つ下の三男がいます。一番下の弟とは7つ年が離れていることもあり、菅田将暉さんがお風呂に入れてあげるなど、とても優しい面倒見の良いお兄ちゃんであったそうです。エライですね~!

また小学生時代は地元の「グリーンフルミネンセFC」というサッカークラブに所属するサッカー少年でした。一元年後輩にはリオデジャネイロオリンピック日本代表の亀川諒史さんがいます。

小学生時代の菅田将暉さんは勉強だけでなく運動も得意で、好きな科目は「体育」だったんだそう。意外にも(!?)わんぱく少年だったとか。そのためケガも多く、おでこに多くの傷を作り、さらには襖の敷居に引っかかって爪がはがれてしまったこともあったようです。

幼少期の遊びはカマキリとバッタを戦わせることやセミをとったりするなど虫好きであったようです。カマキリとバッタって戦いになりますかね‥確実に補食されてしまうような…。。ゲーム禁止の家庭で育ったため、虫捕りや外遊びなど元気いっぱい走り回る幼少期を過ごしたみたいです。

またおじいちゃんの口癖は「肉食うてるか」お父さんの口癖は「牛乳飲んでるか」だそう(笑)。今も細身の菅田将暉さんですが、幼少期も細身で女の子のようなかわいらしいお顔立ちなので、男親は「大きくたくましくなってほしい」と思っていたのかもしれませんね。お名前の「大将」さんからもそんな気持ちが伝わってくるような気がします。

菅田将暉の箕面市立西小学校時代の写真

小学生時代、ママ世代にモテモテだったという菅田将暉さん。三男の幼稚園のお迎えに菅田将暉さんが行くと、幼稚園の先生方が色めきだち、さらに幼稚園のママにも大人気だったんだそうです。
小学生にして20歳以上も年上であろう、先生やお母さんたちをメロメロにしてしまうとは!!末恐ろしいですね(笑)相当の美少年であったのでしょう。

菅田将暉の箕面市立西小学校時代の卒業アルバム画像

菅田将暉さんの箕面市立西小学校時代の卒業アルバムの画像は、残念ながら見つかりませんでした。今後も調査を続けます。
卒アル画像はありませんでしたが、12歳当時の写真はテレビ番組で公開されています。やっぱり美少年ですね!!はっきりした二重の目がパッチリですし、少年期とは思えないほど鼻筋も通っています。

菅田将暉の出身中学校は、箕面市立第一中学校

入学:2005年4月/卒業:2008年3月

菅田将暉さんは2005年4月に箕面市立第一中学校に入学し、2008年3月に卒業しています。箕面市立第一中学校は大阪府箕面市にある公立中学校で、現在箕面市にある中学校の中でも一番歴史の長い中学校の一つです。
箕面市立西小学校もですが、第一中学校も校舎が驚くほどキレイで豪華ですね。この画像の校舎は2009年に完成したようなので、菅田将暉さんが卒業した翌年ですね。菅田将暉さんはちょうど新校舎工事中に在籍していたことになります。

同校の著名な卒業生は、前述したプロサッカー選手の亀川諒史さん、作曲家の石井健太郎さん、柔道選手の松尾徳子さん・中市陽子さんがいます。

菅田将暉さんが同校出身であることは、Wikipediaの同校卒業生の中に掲載されていること、テレビ番組で亀川諒史さんと近所であると話していること、同校同窓会や出身者のTwitterでのつぶやき等などから考えても、間違いないとみていいでしょう。

箕面市立第一中学校時代の偏差値

箕面市立第一中学校は、入試のないい公立中学校のため偏差値はわかりません。
しかし小学校同様、中学時代も菅田将暉さんは勉強が出来たようです。後述しますが高校も難関進学校へ進んでいることからも、中学時代も成績はトップクラスであったものと見て間違いありません。
特に数学が得意だったという菅田将暉さん。同級生に教えてあげることも多かったようで、教えた友達がテストでいい点が取れて「菅田のおかげだよ」と言われたりすると、素直にとっても嬉しかったんだそう。そんな経験もあり当時の将来の夢は「学校の数学の先生」だったと語っています。

菅田将暉の箕面市立第一中学校時代のエピソード

小学校でサッカーをやっていた菅田将暉さんは、中学校でもサッカー部に入部しています。イケメンで運動神経が良くサッカー部、さらに頭がいいなんてモテないはずがない気がしますが、意外にも中学時代はそれほどモテなかったんだそう。
徐々に女の子を意識するようになった思春期真っただ中の菅田将暉さんは、徐々にオシャレに目覚め髪の毛を伸ばし始め、美容院で髪を切るようになったそうです。
当時は明るくて楽しい子に片思いをしていたそうですが、男子特有の好きな子ほどいじめちゃうアレで、雑巾で足のしばきあいをしていたんだとか(笑)。当時はどう接していいかわからなかったんだそう。不器用エピソードがかわいいですね♪

また友達と「自転車でどこまで行けるか」と無謀な挑戦をしたこともあったそうで、途中でケンカなどのすったもんだを繰り返しながらダイヤモンドシティーまで2~3時間爆走したそうです。意味のない挑戦、中学生男子にありがちですよね(笑)。帰宅後オカンに「ホンマ、アホちゃう!?」って言われるパターンですね。微笑ましいです。

菅田将暉の箕面市立第一中学校時代の写真

ブカブカの学ラン姿がかわいいですね!今は色白美肌のイメージのある菅田将暉さんですが、当時は真っ黒に日焼けしていますね。

中学生当時からよくスカウトをされていたという菅田将暉さん。当時から地元を歩いているだけでもスカウトマンの目にとまるくらい光っていたのですね。
また中学生の時には、学校の文化祭で行った演劇で脚本と主演を担当しています。実写版『ちびまる子ちゃん』の劇を行い、花輪君役の菅田将暉さんが主役でした。自分で自分が主役の脚本を書くというのは、なかなかの目立ちたがり屋ですね。その際に演技の楽しさを感じ、俳優という仕事に興味をもつきっかけになったとテレビ番組で本人が語っています。

しかし中2~3年ごろはよくスカウトされ、何度かオーディションにも呼ばれたので好奇心から行ってみたそうですが、残念ながら合格することはなかったんだそうです。ですがそこで簡単に合格してしまわなかったからこそ今があると思うと、不合格の経験も人生の糧になっていますよね!

菅田将暉の箕面市立第一中学校時代の卒業アルバム画像

菅田将暉さんの箕面市立第一中学校時代の卒業アルバム画像は、残念ながら見つかりませんでした。今後も調査を続けます。

しかし美少年すぎる学ラン画像がありますので、そちらを紹介しますね。学ランも似合っていますね!オシャレを意識し出したという髪形もキマッてます♪

菅田将暉の出身高校は、大阪府立池田高等学校

入学:2008年4月/転出:2009年夏頃

菅田将暉さんは2008年4月に大阪府立池田高等学校に入学し、2009年夏ごろ転出しています。
大阪府立池田高等学校は大阪府池田市にある公立高校で、箕面市と池田市の市境に位置しています。菅田将暉さんのご実家のある箕面市一中学区とも隣接しているので、市外の高校とはいえご自宅からも近かったものと思われます。

同校は大阪府内有数の進学校であるため、著名な卒業生も多数います。学者や大学の名誉教授、芸術家、音楽家、アナウンサー、作家、実業家など多方面に著名なOB・OGがいます。サントリーの創業者・鳥井信一郎さんや、沢井製薬創業者澤井光郎さんなど経済界をリードする企業の創業者も同校出身者に多数います。

菅田将暉さんが同校出身であることは、菅田将暉さん自身が母校前で撮影した写真を投稿していること。また映画の公開収録イベントで現役池田高校の生徒会長との会話の際にも母校であることを自ら語っていますので、間違いありません。

大阪府立池田高等学校時代の偏差値

大阪府立池田高等学校の偏差値は63~67でやや難関~難関レベルの進学校です。
2020年度の進学実績は
国公立大学‥84人
有名私立大学‥慶應義塾2人、関西164人、関西学院87人、同志社39人、立命館103人(国公立・私立共に現役合格のみ記載)
国公立大学の現役合格者数と、関西の最難関私立大学である関関同立の合格実績者数から見ても、優秀な生徒が多いことがよくわかります。

そんな進学校の中でも菅田将暉さんは成績が上位だったそうです。スゴイですね!!

菅田将暉の池田高等学校時代のエピソード

それほどモテなかった中学時代から一転、高校に入学すると突然モテだしたという菅田将暉さん。女子からは「王子」と呼ばれ、廊下には菅田将暉さんを一目見ようとする女子であふれかえっていたそう。
休み時間にウトウトしていると「カシャッ」というシャッター音で目が覚め、寝顔を盗撮されていることもあり、恐怖すら覚えたそうです。
そんなモテモテの王子期は、本人も「正直、武勇伝だと思います」と語っています。

さらにモテまくった菅田将暉さんは男友達とノリで「ジュノン・スーパーボーイ・コンテスト」に応募。

その当時、「ごくせん」というドラマがあったんですが、メイン生徒たちの半分がジャニーズの方、半分がジュノンボーイ出身、あと三浦春馬さんみたいな感じで。「ジュノンボーイってすげえ」となって、友達とみんなで応募したんです。「誰か1人でも残ったらすごいな」と言って。そして今に至ります。

ドラマ『ごくせん』シリーズは人気ありましたからね~

賞は何も取れなかったそうですが、コンテストのファイナリストに残った菅田将暉さんに可能性を感じた現事務所・トップコートが声をかけ、事務所入りしました。

また高校当時、彼女もいたみたいですよ。当時ペアリングが流行っており彼女が欲しいというのでプレゼントした菅田将暉さん。しかしその一週間後にはフラれてしまったんだそうです。ペアリングが気に入らなかったのか、他に好きな人ができたのか‥未だによくわからないんだそうです。

そんな菅田将暉さんは高校に入学し、アメリカンフットボール部に入部しました。小・中とサッカー部でしたが、高校ではアメリカンフットボール部に入った理由は、「アイシールド21」というアメフトが題材の少年漫画にドはまりしていたから(笑)。実はサッカーも「ホイッスル!」という漫画に影響されて始めたんだとか。根っからの漫画好きなんですね!それに関西でアメリカンフットボールは人気がありますからね♪
ポジションはQB。花形ポジションです。QBが攻撃の要であり頭脳ですから、菅田将暉さんも地頭の良さを生かし様々な攻撃パターンを実践していたのでしょうか。

菅田将暉の池田高等学校時代の写真

まだ幼さが残っていますね!高校1年生では、かなり幼い方ではないでしょうか。しかし当時からかなり小顔であることが、写真からもわかりますね!

この写真、イケメンすぎませんか!??こんな清潔感がある爽やかなイケメンがいる高校なんてあります!??こりゃ「王子」って呼びたくもなりますわ。。休み時間に見に行きたくもなりますよ。
1枚目の写真の頃からどれくらいたった時期の写真なのかわかりませんが、急に大人びましたね。
体育か何かの時間にふいに撮られたような写真でナンバリング着てますが、そのまま写真集作れそうなほどのカッコよさですね♪

『仮面ライダーW』の主演に決定し、菅田将暉の俳優人生が動き出す!?

池田高校で充実した高校生活を送っていた菅田将暉さんですが、高校1年生の時に大手芸能事務所・トップコート所属となり、デビュー前に事務所のスタッフと挨拶回りで東映にも訪問しました。すると翌日開催予定の仮面ライダーのオーディションを受けるように言われ急遽参加。
ごく普通の高校生で、今どき珍しいほどにピュアな印象が主人公のイメージにピッタリで、満場一致で主役に決定しました。

たまたまマネージャーに連れられてこられた菅田くんはフツーの高校生でしたが、ピュアさが際立っていたことを覚えています。急きょ、『明日時間ある?』と声をかけて最終オーディションに参加してもらい、そのまま彼が主演の座を勝ち取ることに。すぐに上京し、撮影所近くで一人暮らしをはじめていましたね

明日っていうのがスゴイですね!

デビュー前に大役に選ばれるというのは驚きですよね。しかも当時16歳で最年少ライダー。演技経験なしです。
本人も不安がかなりあったことでしょう。

仮面ライダーなどの戦隊モノの撮影は体力的にもスケジュール的にもかなりハードです。大阪から通いながら撮影をすることは不可能で、転校を余儀なくされてしまいました。

アメリカンフットボールにハマり楽しかった高校と突然の別れ。菅田将暉さんはかなりショックで、これ以上泣けないというほど泣き明かしたそうです。

東京への上京を決意した菅田将暉さん。演技経験もゼロ(学校の劇で花輪君役はあり)での大人気シリーズの主役ですから、プレッシャーも相当なモノであったでしょう。怒鳴られることも日常茶飯事であった現場でしたが、歴史ある番組の主役の責任感もあり、とにかく必死に頑張ったそうです。
プロデューサーであり、菅田将暉さんの素質を真っ先に見抜いたプロデューサーの塚田英明さんは、そんな菅田将暉さんの頑張りや素質を褒めたたえていました。

撮影前には監督が、「この作品がうまくいかなかったら、平成のライダーシリーズが終わるかもしれないんだぞ」と、菅田にハッパをかけたという。

「菅田くんは、その熱い思いをくんでくれました。芝居も初めてでしたが、ライダーを小手先で演じるのではなく、役に100%なりきろうと懸命でした。今では“カメレオン俳優”と呼ばれていますが、役づくりへのアプローチは、ライダーのときのままなのだと思います」(塚田さん)

やはり素質もあったんですね!

菅田将暉は、池田高校から神奈川県立神奈川総合高等学校に転校!?

仮面ライダーの仕事が決まり、上京した菅田将暉さんは東京の高校へ転校をしていたことを、父親である菅生新さんがインタビューで話しています。父親のビジョンの中では「地元の高校を卒業し、早稲田大学に通いながら芸能活動をする」と考えていたそうですが、突如として仮面ライダーWの主役に大抜擢されたところから、その道筋は絶たれました。

しかし父親は息子のために東京の高校探しにも奔走してくれたようです。芸能活動を続けながら、今のような高い学力を維持できる学校を探したと言います。

今のところ菅田将暉さんの上京後の高校についての確かな状況は出てきていません。

しかし2019年4月に行われた花王アタック新CM発表会で、菅田将暉さんとCMで共演している間宮祥太郎さんが
「学校も一緒だったし、高校生の時から知っている」
と話していました。

間宮祥太郎さんは神奈川県立神奈川総合高等学校に入学しています。
神奈川総合高校で一緒だったのでしょうか!?

しかし間宮祥太郎さんは神奈川総合高等学校に入学しているが、途中で通信制の高校に転校しているという噂もあります。
そのため転校先の通信制の高校が一緒であったのかもしれません。

確実な証拠がないため神奈川総合高校であると断言は出来ませんが、その可能性もありそうです。次項では神奈川総合高校について紹介します。

菅田将暉の出身高校?神奈川県立神奈川総合高等学校

転入:2009年夏ごろ/卒業:不明

菅田将暉さんは高校2年生時である2009年夏ごろに東京に単身で引っ越し、高校も転入しています。卒業年数はわかっていませんが、スムーズにいけば2011年3月の卒業になります。

上京後の転校先として予想されている、神奈川県立神奈川総合高等学校は神奈川県横浜市神奈川区にある公立高校です。神奈川県にありますが、都心からのアクセスも良く、渋谷から電車で30分です。
1995年開校の新しい学校で、県内で初めて単位制を取り入れ、自分で時間割を作成します。さらに高校では珍しく4月入学と9月入学があります。
菅田将暉さんは2009年夏ごろに引っ越しをしたようなので、同校を選んでいるのであれば、2009年9月に入学、もしくは編入した形でしょうか。そうなると卒業年月も2011年3月ではない可能性もあります。

同校の著名な卒業生には、アナウンサーの枡田絵理奈さん、リオデジャネイロ五輪競泳日本代表の青木智美さんなどがいます。

神奈川県立神奈川総合高等学校の偏差値

神奈川総合高等学校の偏差値は66で難関レベルです。進学実績も国公立大学、早慶上智などの有名私立に進む学生も多い、進学校です。

菅田将暉の神奈川総合高等学校時代(?)のエピソード

菅田将暉さんの上京後の住まいは、お父様である菅生新さんが東京中歩き回って探して決めたそうで、以降東京で一人暮らしを始めました。

しかし上京し、仕事をしながら勉強を両立させていると思っていた父親の下に学校から「レポートが出ていない」と電話がかかってきます。その時の事をインタビューで菅生新さんは以下のように語っています。

息子の家に行って「どういうことだ!仕事は仕事で大切やけど、学校もしっかりやると言うたやないか!」と人生初の平手打ちをしました。すると、息子が「それは分かっている。分かっているんやけど、体が動かへんねん…」と言って。深夜まで撮影があって、仮眠だけして翌朝からまた撮影。しかも、主役として、背負うものもたくさんある。「もう、ホンマに動かへんねん」と言われた時に、しんどくてサボるような子ではないのは僕が一番、分かっている。でも、親としたら、それでも頑張れということを示すところだとも思ったし、だから、平手打ちもした。でも、家族会議で最終的に決めたのは父である僕でもある。いろいろな感情が一気にあふれてきて、平手打ちの後、ボロボロ泣きました。僕も、息子も。あんなに手が痛く感じた平手打ちはありませんでした。

泣けますね‥

高校2年生で上京し一人暮らし、転入先の高校の勉強と歴史ある仮面ライダーの主役の両立。しかもバイトもしたことがないような高校生の初仕事で初演技です。相当疲れていたのでしょう…。
お父様もなかなか厳しいですよね。
「自分で決めたことは最後までやり遂げる」という強い信念を感じます。息子にも踏ん張りどころであることを伝えたかったのでしょう。

そんな父の愛を感じたのか、その出来事から2~3か月後、菅田将暉さんがご両親を撮影現場に招待してくれたんだそうです。少しずつ新生活や仕事にも慣れ、一回り成長した自分の姿を両親に見てほしかったんですね!

本当に努力家ですね!!そしてご両親の深い愛も感じます。

菅田将暉の高校時代の卒業アルバム画像

菅田将暉さんの高校時代の卒業アルバム画像は残念ながら見つかりませんでした。今後公開されることがありましたら、こちらで紹介します。

「仕事と勉強を両立する事」を条件とされていたことから、菅田将暉さんは高校は卒業しているものと思われます。
しかしその後の多忙ぶりをみると、とても大学に行く時間はありません。有数の進学校に通いその中でも成績は上位だったことをふまえると、名門大学に進学することも出来る頭脳の持ち主であることは確かです。
しかし次から次へと舞い込む仕事に、とにかくがむしゃらに本気で挑んでいたと語っています。
「大学に進む道」よりも、役者として演技力を磨くことを優先したようですね!その選択の甲斐もあり、10代後半から菅田将暉さんは演技派俳優の階段を昇って行ったのですね。

まとめ

人気も実力も兼ね備えた俳優・菅田将暉さんは、幼少期から秀才で高学歴であることがわかりました。勉強だけでなくスポーツも得意で、高校時代には伝説になるほどのモテっぷりであったようです。
当時の幼さの残る美少年っぷりは、かわいらしすぎますね♪

今や「実力派俳優」と言われ、若手俳優の中でも抜群の存在感を放つ菅田将暉さん。デビュー当時からの成長を見ると、相当の努力を重ねてきたことが感じ取れます。そんな努力家で一本気な菅田将暉さん、ますます応援したくなりました!今後もますます活躍の場を広げてくれそうですね!!

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